SS01(一ぐだ♂)
一ぐだ♂さんは渇水の夏に、くらげがいるという波打ち際でさっさとしてしまえばよかった告白の話をしてください。
ざあざあと波の音が聞こえる。押し寄せる波は細かな泡となって海原へと帰っていく。どこか森のような香りのする、夏の朝に藤丸立香と斎藤一は浜辺を歩いていた。まだ朝だと言うのに、世界のコントラストは強く、熱すぎる日差しはかえって温度を感じさせないほどだった。
夏になると特異点が発生するのは、藤丸にとって毎年恒例のことになっていた。そのことを斎藤に伝えると、「……なんで毎年特異点が発生してんの?」などと真っ当な答えが返ってきた。 一方藤丸は「はじめちゃんは真面目だなぁ」などと呑気なことを考えていたが。 しかし、今年の夏休みはハズレであった。山に登れば熊に遭遇し、海には海月がいて遊泳禁止になっているという始末。楽しみを奪われて当てもない藤丸一行は、ぐだぐだと毎日を過ごしていた。
「あんまり海の近くに行くとあぶないよ」
波と砂浜の境界の上を、バランスを取るようにふらふらと歩いていた藤丸に斎藤が近づく。潮風に攫われてネクタイがひらひらとたなびいた。
「はじめちゃんこそ、くらげに刺されちゃうかも」
「サーヴァントは平気だよ」
そうかな?その割には風邪とか引いたりするけどなあ。
出かける前にナーサリーから貰った麦わら帽子を、藤丸は所在なさげにいじっていた。Tシャツとジーンズ姿の大の男に可愛らしい麦わら帽子というアンバランスさ。腰からぶら下がっているモーテルの鍵には他のサーヴァントから貰ったキーホルダーがぶら下がっていた。
「マスターちゃんはさ、」
「うん?」
「みんなのマスターちゃんなんだねぇ」
なんだよそれ、と藤丸が笑う。斎藤の悋気には気づいていない様子であった。
「いやなに、好き合ってたって僕のものにはならないんだもん、嫌になっちゃう」
「オレはちゃんとはじめちゃんのこと好きだよ」
藤丸の青い瞳が太陽に反射してきらきらと光る。その瞳が、真剣であることを訴えている。きっと嘘偽りなどないのだろう、しかし、斎藤にとってはそれが痛いほど分かっているからこそ、かえって虚しくなった。
人類最後のマスター。
様々なサーヴァントたちが彼のことを気にかけていることを、もちろん斎藤は知っていた。そして、様々なサーヴァントが彼の身体に手垢を残していることも。きっと自分の手元には彼の爪の先でさえも残らないであろうことを感じていた。
「俺だけのマスターであればどれだけ良かったか」
「……」
「思いが通じ合った時に、あんたと一緒に逃げちまえば良かった、」
吐き捨てられた台詞は、波の音にさらわれて掻き消えていった。そんなはじめちゃんだから好きになったんだよ、という言葉を、藤丸はそっと胸の内に仕舞い込んだ。
さみしいなにかをかくための題からお借りしました
(2023/07/18)戻る