SS02(一ぐだ♂)

一ぐだ♂さんは今年初めて吐く息が白くなった朝、船出を待つ港で知っているのに黙っていたこと話をしてください。



「ねえはじめちゃん、ヒマだねえ」
「だからはじめちゃんはやめろって」

藤丸立香と斎藤一は突如発生した特異点の調査から帰還するところであった。そこはストーム・ボーダーを使ってしか辿り着くことができない僻地で、ストーム・ボーダーの調整が終わるまで戸外で待機しているのであった。

空は重たい雲がどんよりと垂れ込み、今にも雪が降りそうな程に冷え込んでいる。藤丸は小さくくしゃみをした。

「さむ」
「大丈夫?上着着る?」
「はじめちゃんのが寒そうだよ」

サーヴァントは風邪なんてひかないよ、と言いながら藤丸に自身の着ていたコートを上から羽織らせる。

「……昔、違うところにいた時にさ、シュメル熱っていうサーヴァントがかかる風邪が流行ってさ」
「……えっ」

斎藤は思わず胸の前で両手を交差させる。

「だからはじめちゃんも風邪には気をつけなきゃ」
「うん、」

そうだねえ、と軽く返事をする。

斎藤一はこの時、以前のカルデアでシュメル熱が流行って大事になったことをすでに知っていた。知っていて、知らないふりをしたのだ。シュメル熱だけではない。藤丸が最後のマスターになり、世界を救い、そして逃亡者になるまで、残っていたデータにはすべて目を通した。所々散逸していたものの、終局特異点で大切な人を失ったこと、局員を失い、サーヴァントもいない中、命からがら逃げ出してきたこと。悲壮な覚悟を背負っていくつもの世界を握りつぶしてきたこと。

けれど斎藤には結局のところ、藤丸たちの気持ちには寄り添うことはできないままでいた。彼の信じる誠とは自由であり、生きていることが彼にとって金科玉条であった。藤丸やマシュが異聞帯の人々を思い、空想樹を伐採し、これから先続かない世界を思って悲しむことが分からなかった。

過ぎた感傷は刀を鈍らせる。また、そんな感傷を持ち合わせるには、彼はその地点をすっかり通り過ぎていた。

だから、せめて彼は黙った。

藤丸から語られる言葉だけをそっと仕舞い込むようにして、己は何も知らないふりをした。それは、いつか言った「逃げてもいい」という言葉への後悔があるからかもしれなかった。

斎藤はおもむろに藤丸が羽織っているコートの袖を引っ張って胸のあたりで結んだ。

「どうしたの?」
「はは……」

二人の間に白い息が漏れた。彼を、愛しいと思った。せめて、彼が安らかに生きていけるように、それまで生き抜こうと思った。



さみしいなにかをかくための題からお借りしました
(2023/07/18)戻る